2017年02月02日

ハリーポッターを何度も見て思うこと・・・・。

 みなさん、こんばんは。二葉太郎です。

 突然ですが、ハリーポッターを何度も見るほどのフリークなのですが、見れば見るほど、実に対照的でいろんな要素を含んでいながら、本筋は実に単純明快だと改めて思います。だからこそ、人気があるのだと。

 純粋な悪の化身、ヴォルデモートと、勇敢に立ち向かうハリーポッターと仲間たち。

 この構図を現代社会に置き換えると、非常にわかりやすいと思うんです。

 つまり、主役がハリーポッターではなくヴォルデモートなら、1話で終わるということです。

 何が言いたいかというと、人間、「悪」に生きることほど楽なことはないのです。まぁ、当たり前なのですが。

 私が今書いているブログは、人生の幸せにたどり着くための考え方を4つに分けて書いております。幸せを得るためには、健康でなくてはなりません。お金もある程度必要です。

 この2つ、「悪」に徹したら簡単に手に入るから楽なのです。

 もう語る必要もないのでしょうが、健康を著しく損なう万病のもと「ストレス」。これを解消するには、気に入らない人間を片っ端から殺していけばいいわけです。

 お金も、あるところから盗んでしまえばいいわけです。盗めないなら殺せばいい。

 極めて簡単なことです。しかし、それでは、人類は死に絶えてしまいます。まさに「北斗の拳」状態になるでしょう。力が世の中を支配する時代になるわけです。
 
 ヴォルデモートが主役なら、立ち向かってくる奴を片っ端から殺して、悪=魔力が世界を制覇する世の中を手にする・・・。1時間ドラマで終わる内容です。

 つまり、正しいことを貫くことの大変さを改めてこの映画は教えてくれています。

 私は、心の病になったことに対して、しばらく自分で自分を責め続けていました。「自分は弱いやつだ」と。子供のころ、先生にも言われたことがあります。

 しかし、この映画では、まったく逆のメッセージを全編にわたって、様々なキャラクターが様々な方法で「正義」を貫こうと努力しています。魔法の世界、秩序をフィクションの世界で作り上げ、全編にわたって、正しいことを貫くことのつらさ、大変さ、そして仲間の大切さを訴えている「J・K・ローリングス」さんに改めて敬意を表したい。

 この映画を何度も見ることによって、最近ようやく自分に言えるようになりました。「誰よりも正しいことを貫こうと戦った証だ」と。

 そして、この生き方は、私が死ぬまで変わりえないものだと。

 不朽の名作は、何度も見るたびにいろんなことを教えてくれます。それが映画の素晴らしいところだし、ひいては役者の生きがいなのかもしれません。

 なんとなく、思ったことをつらつらと書き連ねてみました。
posted by 二葉太郎&INAZO at 22:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 二葉太郎のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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