2018年12月07日

残酷にも、地球は回るのですね・・・。

 みなさん、ご無沙汰しております。二葉太郎です。

 いずれ来ることだと、幼き時分から、私の身の上から覚悟してきたことは数々あるのですが、いよいよそのときが来ると、なんとも言えない感情が入り混じり、その中で、今まで気づかなかった人生の大切さ、人間の尊厳のようなものに気付かされます。

 しかし、残酷にも地球はまわり、時は過ぎゆく。決して戻ることのない時。

 英語でも、「回数」や「倍数」を表す「time」は可算名詞なのですが、「時間」を表す「time」は、不加算名詞なんですね。

 時は均等に流れているようで、個人によって、又は時期によっても、全く流れ方が異なります。

 今日は、今わの際を迎えているオヤジと、自身の体もボロボロながら、いつも笑顔で声をかける母。そして、その二人から生まれた私。

 おそらく、同じ空間にいながら、三人三様の時間が流れていたと思われます。

 オヤジが宙の一点を見つめて何か考えている・・・。それを聞くことを敢えてせず見つめる私。

 命の尊さ、人間の尊厳、そして家族としての一番幸せな在り方、そして、幸せな時間の過ごし方・・・。現実的なファクターも考慮に入れながら、治療方針を検討するのは、祖母に続いて、今回で2度目。

 覚悟はしていたのですが、祖母と父親、全く違うんです。正直、祖母には甘えてばかりだったのですが、オヤジはどこか向き合えないところが結構長く続きました。

 オヤジはそのことについて、どう思っているのかわかりませんし、聞くつもりもありません。

 オヤジと同じ血が流れていることへのうれしさと疎ましさの両方が、ずっと私の心にしこりとして存在してましたが、ここにきて、パーンっと音を立てて割れ、今日初めてまっすぐに向き合うことができたと思います。

 遅すぎるかもしれませんが、数秒、目と目を見合わせて、固く握手を交わして、今日は家路につきました。オヤジの手は、半年前とは別人のように骨と皮だけになってました。でも、しっかり力強く握ってくれました。言葉はありませんでしたが、初めてすべて通じ合えたようなうれしさで、帰路、涙が止まりませんでした。

 私は、今日ほど、この二人の間に生まれてよかったと思えたことはありません。

 ひょっとしたら、今日が最後かもしれません。しかし、可能な限り寄り添い、言葉がなくても、握手を交わしたい・・・。今は素直にそう思います。

 ありがとう。ホントにありがとう。そして、いろんな思いをかなえることができず、ごめんなさい。

 俺もこの先、どれくらい生きるかわからないけど、胸を張って、自分の信じた道を生きる自信がついたよ。ホントにありがとう。
posted by 二葉太郎&INAZO at 23:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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